2008年07月15日

何の為に生きるの?生まれたの?


アーナンダです。
ある方からの質問で、
私なりにまた考えさせられました。

答えになっていないかもしれませんが、
一つ書いて見ます。

また
直接のお返事では、もう少しお伝えできる頃がありそうなので、
コレだけがお返事ではありません。



あるワークショップでの質問。
2人組みで私は20代の女性とペアになりました。
仮にBさんとします。


『あなたは何の為に生きているのですか?』

このとき、相手の女性Bさんの答えはたくさんあったのですが・・・
・親のため
・友達の為
・家族、兄弟のため
・職場の人たちのため・・・

で、5分ほどお互いにそれを検証する時間がありました。

初対面でしたが、つらそうなというか悩まれている様子でしたので・・・

アーナンダ(以下A)『変なことを言います。Bさん。もし親がいなくなったらどうなります。それと今の友達もみんな亡くなって、一番長生きしてもBさんは生きていると思います』

Bさん『えっ!そうかもしれませんが、何故そんな風に言うんですか?』

A『いや楽しそうだったら、何も言いませんが、なにかその生き方が辛そうだったので。責任感とかが強い方のような気がして』

B『そんな風に見えますか・・・。実はいつもなんかつらいんです。』

そこからBさんに、私なりにお伝えしたこと。


誰を大切にする時も、
自分を大切にしないと、先に倒れたり、元気がなくなったら、手助けできないですよね。

ということでした。


B『Aさんは何を書いたんですか?』

A『実は小林正観さんという方に影響を強く受けているんですが、

 喜ばれる存在になる

と書きました。まだ大分借り物の言葉になりますが。』

で、その後Bさんが色々聞いてくれたおかげで、
考察を深めることが出来ました。


喜ばれる存在になる為には、
自分がげんきであったり、
明るくあったりしたほうが良さそうだ。


ま〜、自分が太陽のようになれればいい感じですね〜

ナンツ〜感じでその質問については終わりました。



人として生まれ、生きる。

お釈迦様も、
生老病死などの四苦。コレに五蘊盛苦等を加えて八苦。

苦、思い通りにならないことは無くならない・・・

生きることそのものに、意味があるようです。
今だ良く解ってませんが・・・



最後に、
このブログを書き始めたときも載せたこの言葉。

人間が「人生の意味は何か?」と問う前に、人生のほうが人間に問いを発してきている。
人間は、人生から問われている存在である。
人間は、生きる意味を求めて問いを発するのではなく、人生からの問いに答える存在なのである。
       (フランクル)


ん〜〜、死ぬまで考えさせられる言葉と感じてます。

ありがとうございます。


ラベル:小林正観
posted by アーナンダ at 02:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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